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2011年06月 アーカイブ

2011年06月06日

『「クライアントは読者」が通用しない日本メディアの特殊事情』ゲスト 上杉隆

アバクロのTシャツとジーンズでスタジオに現れた上杉 隆( @uesugitakashi )さん。今、最も注目を集めるジャーナリストのひとりだ。
震災・原発事故後の避難区域の設定に異議を申し立て、3月12日に「メルトダウン」と口にしたため、地上波テレビから姿を消した。
しかし、その後ネットの世界に舞台を変え、発信するその影響力は増す一方。閉じた日本的「記者クラブ」に対し、報道の公開性・多様性を追求するために「自由報道協会」という「場」も設定した。
その軽快かつ柔軟な取材力、行動力と視点はどこから生まれるのか。
番組では、いったいこの「上杉 隆」はどんなふうに生まれたのかを探ります。ゴルフ好きが嵩じてゴルフ場付きホテルのバーテンダーに。そこで多くの政治家と知り合い、H代議士の秘書となった頃のエピソード。さらに「ニューヨータイムズ」で触れた世界標準のジャーナリズム・マインドなど、“上杉隆のyouthful days”を公開!

プラスワンでは、今東北で、福島で、そして日本で何が起きているのか、現状と病根、そして、展望を津田大介氏と分析し、語り合います。パニックを回避するにはどんな情報開示と報道が必要なのかという視点から、ツイッターなどネットの情報の意味が浮かび上がります。一言で言えば、それは「情報の多様性」。「自分が流した情報の間違いはすぐに訂正できるし、批判は受けても、正確な情報も教えられるから、勉強になる。そこが大手メディアで発言していた頃との違い」と上杉さん。また、先頃公表された海産物の放射能汚染値にも触れます。軽妙なトークだからこそ伝わってくる「現在の危機」、そして「本当のメディアの役割」。ぜひお聴きください!

上杉 隆 公式サイト http://uesugitakashi.com/
自由報道協会 公式サイト http://fpaj.jp/

2011年06月13日

『「原発ブルース」、愛するための嘘がメルトダウンした今…』ゲスト 遠藤ミチロウ

スタジオに現れた遠藤さんはメイクなしの素顔だった。おぉー。でも、昨年還暦を迎えたとは思えない。
パーソナリティのモーリー氏は遠藤さんと久々の再会。実は、遠藤さんとモーリー氏、1990年頃、一緒にロサンゼルスのライブツアーに出かけた仲です。
まずは、スターリン当時の事件なみの驚愕ライブの思い出をモーリー氏が熱く語ります。そのあと、ふたりで訪れたホピ族の村での出来事。それが、ふたりの音楽を大きく転換させました。訪れたホピ族の居住区は、ヒロシマの原爆を作ったウラン採掘地でした。そこで聴いた預言について、遠藤さんが静かに語ります。

遠藤さんは福島県・二本松出身。今、プロジェクトFUKUSHIMAというプロジェクトを立ち上げ、8月15日の終戦記念日に野外ライブをしようと準備を進めています。単なるライブエイドではなく、じぶんたちのこととして原発のことを捉え続け、今やチェルノブイリと同じように語られることになってしまったネガティブなFUKUSHIMAをポジティブなイメージに変えるような長い取り組みにしていきたい。だから、リスクも問題の解決も、プロセス自体もオープンにしていく、と遠藤さん。「8.15にイベントをするのは、まぶしいほどの戦後の豊かな社会の構築の陰に、原発の事故やそれを受け入れざるをえない日本の暗部とも言える社会構造がある。でも、もうそれもメルトダウン。このメルトダウンはひとりひとりの中で起こっている。これはそれぞれの内戦だと思います」。遠藤さんのスタジオでの弾き語りもお聴きいただけます。


プラスワンでは、原発と福島の存在をさらにつきつめて話は続きます。脱原発、反原発といった単純な言葉では語れない福島や原発立地の事情について、モーリー氏のグローバルな視点からの説明…。

関連情報
〓こちらも是非、お立ち寄りくださいDOMMUNE FUKUSHIMA

2011年06月20日

『「カナリア」の役割』ゲスト 山口啓介

社会的な主題からインスパイアされた作品を発表し続ける山口さん。
今回の原発事故以前から、原爆、原子力やプルトニウム、劣化ウラン弾に疑問を持ち、モチーフに取り入れてきました。最近は、関西の田園地帯にアトリエを構え、東京との往復生活を営まれています。緑に囲まれた生活の中で始まったのが、音楽用カセットケースに植物をセットした「カセットプラント」。発想のもとは『ジェラシックパーク』の冒頭、恐竜の首にとまった蚊。
また、山口さんは現在、以前番組に登場くださった画家の岡本信治郎さんや伊坂義夫さんとともに、《地球★爆》共作絵画プロジェクト(アースアタック)という巨大な共同作品を制作中。ひとりで自己表現するのが基本の画家が共同作業をするのは前代未聞、至難の業。それを乗り越えるために、とことん話し合った制作秘話もお話しくださいます。


プラスワンでは、3.11以降、山口さんがしてきたこと・考えたことをお聞きしました。あの日以来、欠かさずノートにネットやラジオから流れる情報を書き連ねてこられました。自分のからだを使うことで情報がからだに入り、隠れていたものが見えてきた、と山口さん。今まで獏とした不安によって描いてきた作品が預言に変わってしまったことで、芸術家はガスを感知する「カナリア」の役割を負っていると強く感じています。岐路にある今、芸術家の役割・文化の使命について、また構築すべき思想について、平川店主とともに語ります。

2011年06月28日

「ゆらぎの中、問い続けて生きる」ゲスト 森本あんり

パーソナリティ 小田嶋隆
アシスタント 浜菜みやこ


森本あんりさんと小田嶋氏は、小中高の幼なじみ、しかも親しい友人でした。パーソナリティとしての最初のゲストを打診した時、小田嶋さんからはすぐに森本さんの名前が挙がりました。「逢いたい男がいるんです」と、それもうれしそうに。
そうして、35年の時を超えての再会。この間、小田嶋さんにとって森本さんは「問い続ける男」でした。
中学の時、森本さんが小田嶋さんに投げた問い、それは
「ねぇ、小田嶋、世界に果てはあるのかなぁ?」。
「!?……あるんじゃないの」と小田嶋氏。
「それじゃあ、果ての向こうはどうなってるの?」
「……」。

小田嶋氏と森本さん。かたやコラムニスト、かたやキリスト教者。此岸と彼岸に立つ場所は隔たったようで、しかし、それぞれの人生に問いが生まれるたび、流れる川越しにお互い問いかけを続けてこられたのかもしれません。「あいつなら、どう考えるだろう」と。
さあ、ふたりだけの同窓会、そのテーマは、アルコール依存症、信仰と宗教の違い、震災による多くの人々の死とサバイバーズ・ギルト、今、宗教者のすべきこと…。
まるで人間の真を垣間見るために、井戸の底に向かうように、多様な哲学的な深い語らいとなりました。

プラスワンでは、森本さんがキリスト教者になった経緯、クリスチャンミュージックに表れるような、アメリカの特異なキリスト教の変化とありかたについて、小田嶋さんの鋭いカルチャーへの視点と森本さんの専門知識からくる考察が絶妙にかみあい、知的な文化談義となりました。哲学同窓会、お耳でぜひご同席ください。

当日のUstダイジェストはこちらでご覧いただけます

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