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2008年10月 アーカイブ

2008年10月03日

「患者の立場で最善を尽くす」ゲスト 島田永和

 整形外科医の島田永和さんは、イチローやオグシオなどの一流選手たちが信頼を寄せるスポーツ医学の専門家。「試合に出てなんぼ」という選手たちの立場を理解し、「動いて治せ」の治療方針で成果を上げています。
 例えば、肩を壊してしまったものの試合に出たいと訴える高校野球の投手には、「試合はいつ?」「ピッチャーは何人?」「監督はどんな人?」などと聞いた上で、最善の策を検討。患者の状況を把握し、リスクを説明し、患者が自分で決めた治療法で行けるところまで行くのが島田流なのです。
 この「動いて治す」治療法は、アスリートだけではなく、やはり身体が資本である家庭の主婦や、怪我をした高齢者の体力低下を防ぐのにも有効です。「安静にして痛みが消えても、また動かしたら痛むのでは無意味」と島田さん。「その人のやりたいこと、その人らしいことを実現させるのが我々の仕事。『患者にとって最もよいと思われることをする』というヒポクラテス以来の教えに従っているだけです」——熱っぽく語る言葉の端々には、温かい説得力が満ちています。

2008年10月10日

「落語を愛して60年」ゲスト 山本進

 山本進さんは長くNHKに勤務しながら、落語関連の本を数多く著してきた芸能史研究家。戦時中だった小学校時代よりラジオを通じて三遊亭金馬さんや春風亭柳橋さんらの話芸に触れ、昭和25年に東京大学に入学すると「日本文化研究会」の一部門である「落語部」に入会しました。
 学生時代は、第4次落語研究会(神田須田町「立花」)に通いつめ、高座を終えた憧れの三代目桂三木助さんに東大での寄席を直談判。温かく応じてくれた三木助さんの他、桂文楽、古今亭志ん生、三遊亭圓生、林家正蔵、柳家小さんといった錚々たる大看板の招致に成功した逸話を聞かせてくれます。
 自分でも持ちネタが30以上はあるという山本さんは、他のアマチュア落語家たちと一緒に天狗連の発表会を開催したことも。メンバーにはあの篠山紀信さんもいたというから驚きです。昭和の名人たちの全盛期を知りながら「僕だって若い頃は古いファンに『君らは本当の名人を聞いていない』と馬鹿にされたよ」と話す、生涯現役の落語ファン。ラジオデイズの落語教室もあわせてお楽しみください。

2008年10月17日

「ベルカント唱法で日本の歌を」ゲスト 森永一衣

 オペラ歌手の森永一衣さんは、日本女子大学の国文学科を卒業してから東京藝大学の声楽科に入学し直したという変わり種。1994年にはミラノのスカラ座でソリスト・オーディションに合格した本物の実力を、CD収録の「宵待草」(竹久夢二作詞、多忠亮作曲)で披露してくれます。
 イタリアのオペラに最適なベルカント唱法を基盤にしながら、日本の歌にも相応しい唱法を追求している森永さん。少女時代には連れて行かれたコンサートで居眠りばかり、クラシックよりもロックが好きだったというから意外です。
 聴き手に「気持ちよさそうに歌っている」と感じさせるため、アスリートのように高度な技術や筋肉を使うのがプロのオペラ歌手。身体が楽器である故の、体調管理の秘策なども教えてくれます。
 四万温泉の老舗旅館「たむら」が祖母の実家で、一族はみんなお医者さんという家庭環境。郷里の旅館で行われている「落語オペラ」などの風変わりなイベントの楽しい様子もご紹介。一流のオペラがぐっと身近に感じられる、楽しいトークをお楽しみください。

2008年10月24日

「国際派の画家、日々の制作余話」ゲスト 山本浩二

 イタリアと日本を行き来しながら、精力的に活動する画家の山本浩二さん。子供の頃から「物をそっくりそのままに描くことができる」という自分の才能に気づき、13歳の時には大好きな先生が見せてくれた佐伯祐三の絵に感動。本格的に芸術家を志しました。家の事情で日本の美術大学への進学は断念するも、1973年にスペイン留学。その後は数々の国際展に出品しながら、独自の画業をじっくりと進めてきました。
 「絵画は大きな存在に導かれて描く必要があり、前頭葉で考えて描くと小賢しくなる」と語る山本さん。バスケットボールを愛する自称体育系の画家であり、バッハを聴きながら心をひたすら平らにしてキャンバスに向かう毎日を送っています。生活のために開いたという画塾では、子供たちとの見事なコミュニケーション術も話題になりました。
 番組後半、夫人であるオペラ歌手の森永一衣さんが合流し、2人の意外な馴れ初めを明かす一幕も。来年にはミラノの有名ギャラリーで壁面130メートルの大個展を開催予定。人気画家の飾らない人柄に触れる30分です。

2008年10月31日

「ポピュラー音楽と共に40年」ゲスト 北中正和

 良質な音楽評論を30年以上にわたり世に届けている北中正和さんがスタジオに。
 大学時代を過ごした京都を後にし、就職先も決めずにふらりと東京にやって来たのは1969年のこと。安保闘争真っ只中の首都で北中さんが出会ったのは「ただの娯楽に留まらない音楽」――すなわちロックでした。
 ニューミュージック・マガジン(現在のミュージック・マガジン)の配本を手伝い、やがて編集部員としてインタビューもこなすようになった北中さんは、中村とうようさんらとポピュラー音楽評論の一時代を築きます。
 すべてが目まぐるしく移り変わった時代。少年たちがギターに群がり、教育委員会がエレキ禁止に乗り出した反逆の季節。「定説や権威をいったん疑え」という北中さんの姿勢が、奥行きのある音楽評論をコンスタントに生み出す力になりました。
 新聞、雑誌、ラジオなどで活動を続け、近年はワールドミュージックに傾倒している北中さん。現在、音楽的に豊かな地域はどこかと聞かれて、真っ先に挙げたのは地中海周辺。ベテラン評論家は、今でも音楽を通じて世界の有り様を知覚しています。

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