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「編集業はやめられない」ゲスト 河野通和

 婦人公論を再興した名編集長として知られる河野通和さん。30年在籍した中央公論社から独立し、新しい一歩を踏み出す直前のトークです。
 スポーツに没頭しながら、本に囲まれて育った少年時代。大学ではロシア文学を専攻するものの、自分の無知を恥じて休学し、自宅に籠って1日1冊のペースで本を読み耽ったというエピソードも。
 中央公論編集長から古巣の婦人公論に戻ってきた河野さんは、男性誌で扱う「政治経済の大問題」と、婦人誌が扱う「生活者の小問題」が同根であると発見。新しい読者獲得のため、創刊83年目だった婦人公論の本格的なリニューアルを敢行します。これには年配の読者から「古い読者を切り捨てるのか」という抗議の声が届きますが、リニューアル3号目を発行した後には同じ読者から「これからも読んでいきます」という嬉しい手紙が。
 「1人でできることは、たかが知れている。雑誌作りの喜びは、人との縁や共同作業の面白さ。色々な人の力の総和で作り上げる仕事をこれからも続けたい」——雑誌ひとすじの河野さんを囲み、素敵な編集談義が繰り広げられます。

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コメント (1)

佐々木修一:

帽子は百難を隠すか 三浦元社長の帽子こもごも
ロシア語を学んだ者として、シャープカ(ロシア語で帽子)は、最低の生命維持good。青森市に住み、六ケ所に通勤しているが、本日も、夕刻帰宅途上、快速に乗るため野辺地駅でホームにいたら、年配カップルご一行が、上りの特急から降りられた。体裁のいい帽子を皆かぶられて。意地悪く考えるのをお許しいいただきたい。男も女も、還暦を過ぎると、生命維持goodとしてよりは、百あるいは五十難を隠すため、帽子が離せないのかも。いや、深くかぶっておられる方も何人かおられた。と感じたのは、私の深読みかな。函館はノスタルジックツアーでしたか。今から何年前にいかれましたか。お写真は残してありますか。こんな事を聞いても、平然としておられるくらい、仲むつまじいのなら結構。いや、奥さんと結ばれる前に恋人と歩いた、洋館通り。今朝、あの洋館通りを連れ合いと歩いたとき、30年前の残り香が、脳裏から染み出してきて、ふと頬が引きつった。これを予期して、太陽も低い午前から、深く帽子をかぶっていた・・・なんてことはありませんね。正直なところは、壁に耳あり、障子に目あり! ではありませんが、帽子に鼻あり・・・てなところかもしれませんね。お後がよろしいようで。

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2008年09月19日 19:25に投稿されたエントリーのページです。

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